ログインその頃、ミーナ達はグレンとカイルが乗った馬車と離れてしまい、現在は残った人達を騎士団達は馬車の外に集めさせた。
しかし、集められた一般の人達は数日前の事件から現在まで散々な目に遭っている為不満が高まっているのか騎士団の人達に文句を言っていた。 「どういう事なんだよ!馬車が無くてどうやって移動するんだ!」 「お前ら騎士団だろ!俺たち今物凄く困ってるの見てわかんねーのかよ!」 「そうよ!私達はこれからどーなるのよ!」 「何とかしろ!騎士団だろ!」 口々に罵声を飛ばす一般の人達。無理もない。つい数日前までは平和に過ごしていたのだ。 急にこんな事が続けば誰だって普通じゃいられなくなる。 しかし、一般の人達はそれ以上に耐えられない事があった。 それは。 「そもそも!なんでそこにいる盗賊どもは殺されてないんだ!そんな奴らさっさと殺しちまえよ!」 そうです。今回馬車を襲撃した盗賊、エミル達がいるからである。 エミル達の事はミーナがエバルフに事情を話して分かってもらえたが他の人は納得いかない。 自分達をこんな目に合わせた盗賊を何故生かしているのか理解できないでいた。 「こいつらのせいで沢山の人が死んだんだぞ!」 「そうだ!そいつらにも同じ目に遭わせろ!」 「殺しちまえよ!そんなクズ盗賊なんて!」 「みなさん!お気持ちは分かりますが…どうか落ち着いてください!」 「うるせー!そもそも騎士団がしっかりしてねーのが原因なんだろーが!俺たちこれからどうしたら良いんだよ!」 一般の人達の怒りはもはや誰にも止める事が出来ず、他の騎士団達も困っていた。 エミル達はそれを只々うつむきながら聞き、ミーナはそれを見て悲しそうな顔をした。 「エミル…さん…」 すると1人の男性が騎士団の人を押しのけてエミルの前に来た。 「もういい!こいつが主犯だろ?お前ら騎士団が殺さねーなら俺が殺してやる!」 そう言って男性は騎士団の剣を奪おうとするがそれを阻止する為に他の騎士団達が止めに入った。 「おいやめろ!お前らいい加減に…」 「やめないか!これ以上イフリークの伝統に傷を付けるな。」 すると、いかにも高級な衣服に包まれた白髪で凛々しい顔をした中年の男性の言葉で一般の人達は一瞬で静まった。 「い、イフリーク王!」 なんと、その人物というのはイフリークの王であつた。 その男は高価な服装を纏っている割にはどこか威厳に欠けた部分があり、どちらかと言うと王には見えない優しそうな人であった。 男性はイフリーク王を見て驚き、剣を奪おうとする手を止めた。 「その呼び名はよしてくれ。私は5代目国王、ミロゼ・イフリートだ。そなたがこの子を憎む気持ちは痛いほど分かる。」 「…私は、どうしても納得いかないんです!昨日まで…俺たちは普通に暮らしてたのに、何の前触れもなくその"普通"が無くなった…。」 男性は顔を下に向けながら言うと地面に水滴がポタポタと滴っていた。 「何で…何で俺たちがこんな惨めな思いをしなければならないんですか!こんな訳も分からないこの状況を…俺たちは一体、どこにぶちまければ良いんですか!?私達は、どうなってしまうんですか!?」 「…顔を上げなさい。」 男性が顔を上げてイフリーク王を見た。 そして、イフリーク王はみんなに聞こえるぐらいの声で言った。 「皆の者、これだけ言っておく。大切な人の仇だからといってその者を同じ様な目に合わすという事は何の解決にもならない。殺したからって何が変わる。そんなのは自分の憎しみをただ何かにぶつけたいが為の言い訳にしかならない。」 「かと言って、この3人が犯した罪はとても重い。だがその罪は皆が裁くのではない。法に従って適切な罰を与える。それが、人間の世界のルールだ。納得いかないなら今はそれで良い。殺して解決するというのはそこらの獣と変わらんぞ。」 その場にいる全員がイフリーク王が言ったこの言葉の意味をすぐに理解しているとは思えない。 でも、この説得力のある言葉に対しこの後反抗の言葉を言うものはいなかった。 男性は3人の方に視線を向けるとそのまま睨んで舌打ちをしながら元の場所に戻った。 「さて、移動の事だがどうしたものか…ここからシルフまで歩いていくしか移動する手段がない。ここで新たな馬車を待つよりはずっと早いと思うが…」 「い、イフリーク王!歩くって言ったって、ここからシルフまで何百キロ離れてると思ってるんですか!?」 イフリーク王の無茶な言葉にエバルフは驚きながら言い返した。 「第一、食料や水も無しにこの砂漠地帯を歩くのは厳しいかと思われます。それに、このティラーデザートには凶暴な猛獣もいますし国民全員を連れて行きながらはやめた方が…」 「水なら大丈夫…私が何とかするわ。」 シルフの騎士団の声をかき消す様にエミルが口を開いた。 「水は、私の魔法があれば干からびる心配は無いと思う。食料も、騎士団や私達がいれば猛獣を討ち取って他のみんなに支給すれば大丈夫な筈です。以前私もそうやってこの砂漠を越えました。」 「ふざけんな!お前の言葉なんて信用できるか!そう言って俺たちから逃げようって戦法だろ!」 エミルの言葉に耳を貸そうともしない国民の人達にイフリーク王は静まれと言って、国民の人達を黙らせた。 「しかし、どの道この者の水が無ければ砂漠を越える事は無理に等しい。…分かった、エミルとか言ったな?どうか我々に水を分けて貰いたい。」 そう言ってイフリーク王はエミルに頭を下げた。 それを見て他の騎士団の人達は慌ててイフリーク王を止めに入る。 「おやめ下さい!王ともあろうお方がこの犯罪者に頭を下げるなど…」 「馬鹿もん!王だろうと人様に頼み事をする時は頭を下げるもんだろうが。…どうか頼みます。」 イフリーク王はさらに深く頭を下げた。 「はい。私の力で良ければ。」 エミルも照れながら了解した。 「……」「……」 その光景をライクとニケルは何かを思いながら見ていた。 「しかし、お前たちは罪人だ。移動中の間はこの拘束魔具を付けてもらうぞ?」 そう言って騎士団の人達が拘束魔具を3つ持ってきて、それを3人にはめようとした。 しかし、何故なのかライクとニケルは手を前に出そうとしなかった。 「ほら、お前!早く手を前に出さんか!魔具がはめれんだろ!」 騎士団の人が無理やりライクの腕を掴んで魔具をはめようとしたその時。 ガッ! ライクは大きく足を上げると痛烈な蹴りが騎士団の人の顎に直撃し、全員がそれに驚いてる間ニケルも騎士団の腹に拳をぶち込んだ。 その後、2人は全員から距離を取るとライクはワナワナと震えていた。 「…ふ、ふざけんなよ。さっきから好き勝手言いやがって!」 騎士団の人達が距離を取ったライクとニケルを捕らえようとするがニケルの風魔法で2人の目の前に見えない壁が出来て進まなかった。 そしてライクは怒りを露わにしながら全員に言い放つ。 「何が法に従って適切な罰を与えるだ!お前らが月の民にやった事は棚に上げやがって!」 「ライク!何を…」 「お前もお前だ!エミル!前に住んでた国の王か何か知らんがそいつにちょっと褒められたからって良い気になりやがって!お前は俺たちを裏切ったんだよ!」 頭に血が上りすぎて息が上がっているライクの肩をニケルはポンと叩いた。 そして今度はニケルが落ち着きながら全員に言った。 「エミル。僕らはね、君の事を本当の仲間だと思って今日まで過ごしてきた。月の民の殆どが死んでから僕たちは辛い日々だったけど、ライクとエミルがいた事で僕は救われたし、本当の家族のように思えた。」 「だけど、そんな君は僕らよりもイフリークを取った。その事実は僕らにとってどれだけ辛い事なのか…今の君には分からないかもね。」 「……」 エミルは何も言い返す事が出来なかった。 私は、ライクとニケルのお陰で1人にならなくて済んだ。けど、今の私には大切なものを守らないといけない使命がある。 結果的にはライクとニケルを裏切った事になってしまったけど、私は大切なものを守る為に罪を償わないといけない…本当に自分勝手だよ、私は。 「…ごめんね…ッ…私が…自分勝手だから…ッ…ヒグッ…」 「何泣いてんだよ!泣きたいのはこっちなんだよ!」 ライクはすすり泣くエミルを見て腹が立ったのか先程よりも大声で怒鳴った。 「いいか!俺たちの目的はこの世界に復讐する事だ!俺たちの故郷を…家族を奪った世界を…俺たちは絶対に、許さない!!」 「僕もだ。イフリークの王よ、あなたがさっき言った罰を与える。これって、君達も受けるべきだよね?僕たちにした事を考えればさ。まあ、僕たちはもう二度と君たちの思い通りにはならないよ。」 そう言ってライクとニケルは後ろに振り返ると最後にライクが最後にボソッと小さな声で言った。 「エミル、幸せになれよ。」 そう言って、2人は自身の魔法で地面から雷と風を発生させるとその場から一瞬で消えた。 ライクとニケルが去ると、風魔法の見えない壁が消えて無くなった。 騎士団の人達は2人に逃げられたので悔しそうに嘆く。 「くそっ、なんて奴らだ!」 「あんな恐ろしい盗賊を逃してしまうなんて…」 バタッ! エミルはその場にヘタリ込むと両腕で自分の目から流れてくる多量の涙を拭いていた。 それを見たミーナはそっとハンカチを差し出し、これで涙を拭いてとエミルに渡した。 「ありがとう…私、あいつらを…」 「違いますよ、エミルさんはこの国の事を考えていただけです。その為にエミルさんは罪を償う事から始めなければならないと気づかれたのかと思いました。とても厳しい選択だったと私も思いますよ。」 「でも…」 「それに、あのライクって人はエミルさんの事を裏切り者とは思ってないんじゃないですか?だって、あの2人エミルさんの笑顔を見てとても満足そうな顔してましたし。」 「…そんな訳…そうね、そうだったら良いわね。」 「はい!そう思いました!」 エヘっと下手な作り笑いをするミーナにエミルは不意に吹き笑いをしてしまった。 その頃、自身の魔法で超高速に移動するライクとニケル。 「………」 「いつまで泣いてるの、ライク?そんなにエミルと離れるのが辛いのか?」 「そ、そんなんじゃ…って、そういう事だけどさ!…やっぱり、あの国の人らはあいつを必要としてるから俺たちがあいつを裏切り者にして自由にしてやるのが1番なんだよ。」 「プッ…」 「何が可笑しいんだよ!」 笑うニケルに照れながら怒るライク。 「いや、だってさ!君がそんなカッコいい事言ったらこっちがこっぱずかしいし、それに…君の気持ちを考えるとさ…」 「…うるせー!俺は何も後悔なんてしてねーぞ!それに、あいつにはあのカイルって男がいるからな。」 「…そっか。それならもう何も言わないさ。」 「そうだ。今は一族の仇を取る事が先だ。俺達が罪を償うのはその仇が取れた時だ。」 そう言って2人は移動するスピードを更に上げた。 それから私とイフリークの国民達、騎士団の人達はシルフを目指して歩いた。 通常、砂漠地帯でティラーデザートの気温は最高で60℃以上上昇する強烈な炎天下で被覆なしで直に日差しを浴びるのはとても危険。 エミルの水魔法で作ったドーム状の膜を周囲に張っている為気温は比較的マシであるが日差しは防げず皮膚が焼けそうだ。 ドーム状の水の膜は私達の動きに合わせて移動し、国民の人達が歩いてる周りを騎士団達は取り囲みいつ猛獣が現れても戦える準備をしている。 しかし、この炎天下。国民の人達も騎士団の人達も暑さによって足がふらつき、意識がもうろうとして倒れる人もいた。 周囲の人達は倒れた人を助ける元気が無く、みんな自分の事で精一杯な為振り返ろうともせず黙々と歩いて行く。 倒れた人には再び立ち上がって歩く者と立ち上がる事なく移動する水のドームから出てしまい置いてきぼりにされる者もいた。 置いてきぼりにされた者は強い日差しによって皮膚が焼け、体中から熱気が上がっていた。 「アガァッ…アヅイ…ッ…た、助け…で……」 そしてその焼けた匂いが砂漠の猛獣を引き寄せる餌で、倒れた者の大半がこの砂漠の一部となっていった。 私はエミルさんの横で必死に頑張って歩いていた。 エミルさんは砂漠を歩く際に魔法を絶えず消費しなければいけない為、他の人の倍は疲れるはずなのにそんな感じを一切出さずに涼しい顔をして歩いていた。 「エミルさん、凄いですね…暑くないんですか?」 「私は昔から暑さには慣れてるのよ。それに何年もここで過ごしてたから流石に慣れたかな。」 私とエミルさんが話をしていると後ろからカレンさんが声を掛けてきた。 「ミーナちゃん、喋ると余計な体力を使うわ。今は歩く事に集中よ!」 「ごめんなさ~い。」 ミーナは軽くカレンに謝る。 2人は馬車の中で沢山の会話をし、お互い更に仲が深まったので2人とも気を使わない会話が出来る様になった。 年上であるカレンは自分と気の合う年下のミーナに気軽な返答をしてくれた事にちょっと嬉しそうだった。 すると突然目の前の砂の中からサメの背びれの様な物が無数に現れ、その背びれの集団はミーナ達の方に向かって来た。 「何だ!あの魚の背びれの様な物は!無数にあるぞ!」 するとその背びれの集団は全員勢いよく砂から飛び上がった。 「デザートシャークだ!!喰われるぞ!」 デザートシャークとは、砂漠地帯に住んでいるサメの様な姿をしている巨大な猛獣で普通のサメと違い手足がある。 この手足は砂を掻いて移動する他に餌となる生物を鷲掴みにして人が何人も入れそうな口に放り込む凶暴な生物だ。 デザートシャークは口を大きく広げながら国民達に向かって勢いよく飛び込んできたが水のドームのおかげで喰われる事は出来なかった。 「私の魔法である程度水の強度は上げてるが大群で来られたらマズイわ。」 しかし、それを待つ事なく無数のデザートシャークは水のドームに向かって飛び込んで来た。 その威力によって水のドームに亀裂が入る。 「このままじゃマズイ…くっ!」 エミルは走って水のドームから出ると自分の体を纏える程度の水の膜を張った。 デザートシャークはエミルが外に出た事により、全匹エミルの方に向かって飛び込んできた。 「エミルさん!危ない!!」 するとエミルは掌を上げるとそこから水の球体が発現した。 そしてその球体は徐々に渦を巻いていくと巨大な渦巻きに変わり、その渦巻きはデザートシャーク全匹を飲み込んでいった。 飲み込むと渦巻きはデザートシャーク全匹を密閉した水の球体に縮小し、エミルは手で招きながらその球体を自身の近くまで移動させた。 そして移動させた水の球体にそっと触れると球体の中で物凄い振動が伝わり、デザートシャーク全匹はその振動によって意識を失った。 「す、スゲー…あの無数のデザートシャークをたった1人で…」 「これが、団長と同じ神級魔導士の力なの…桁が違うわね…」 エバルフとカレンはエミルの圧倒的な強さを見て唖然としてる中、ミーナは逆にテンションが上がっていた。 「凄い!!これがエミルさんの力なの!?カイル君も凄いけどエミルさんも凄いですね!!」 はしゃぎながらエミルに向かって言うミーナを見てエミルは困った反応をしていた。 「あの子、随分変わってるな…。」 エミルが倒したデザートシャークの肉を騎士団の人達が国民の人達に行き届くように仕分けた。 砂漠を乗り越える為、食べられる時に食べておかないと倒れていった人達の様になってしまう。 ミーナとエミルは貰った骨つき肉をかじりながら2人で一緒に食べていた。 しかし、エミルは食が進まず浮かない顔をしていた。 「どうしたのエミルさん?」 「…いえ、何でもない。」 「あの時の事…思ってたんですよね?」 「……」 あの時の事。それは自分の親友のハンジを操られていたとはいえ自分の愚かな感情を利用され、事実上私が殺してしまった。 それはエミルの中に一生残るトラウマだと思う。 「私はあの時イフリークに帰って2人が仲良くしていたのを見た。その時に抱きしめていたのを見て私はとても胸が苦しかったのを覚えてる。」 「エミルさん…」 「でも、それは別れを言わなかった私が悪かったんだ。誰だって辛い時に側に居てくれたら、その子の事少なからず好きになってしまうもんね…私も、ずっとあいつの側に居てたら…」 「エミルさん、聞いてください。カイルさんはハンジさんの事好きだと思いますけど、それは友人としてです。カイル君の本命は…」 「嘘よ!そんな気休めやめて!」 「嘘じゃないです!カイル君があの日ハンジさんを抱きしめたのは、お互いの辛い気持ちを癒す為に抱きしめてたんです。」 エミルはそれを聞いて疑問に思う。 お互い? 「ハンジさんの親は10年くらい前に他の国へ行ってから行方不明何です。けど、その辛い気持ちを打ち明ける事が出来なくてそれを初めて打ち明ける事が出来たのがカイルさんなんです。」 「カイルさんとハンジさんは別に恋してたから抱きしめてたんじゃなくて、自分の辛い気持ちをそれ以外で癒す方法を知らなかっただけなんです。」 感情というのは時として自分で制御出来なくなる時がある。 そんな時、誰かが側に居てくれるだけで人という生き物は心に余裕ができる。 カイルもハンジもお互いが側に居てくれる事で心に余裕が出来たのかもしれない。 しかし、そこからきた勘違いというのは相手からだと受け入れにくい現実でエミルもそれを受け入れるのに時間がかかった。 それからエミルは気持ちが落ち着くまで黙って食事を取り、しばらくすると騎士団とイフリーク国民の集団は再び砂漠の道を歩き始めた。 この先、何人の犠牲者が出るかそんな事は誰もまだ分からない。 それでも、こんな状況だからこそお互いを支え合っていかなければ…いざとなれば自分を犠牲にしてでも皆を守る! その思いを抱きながらエミルは握り締めた拳を見つめ果てしなく続く砂漠道をひたすら歩いて行く。 一方、グレンとカイルも砂漠道を歩いているがその間2人に会話という会話は殆どあらず黙々と歩いていた。 沈黙の中、カイルが口を開きグレンに向かって言った。 「………なぁ?」 「なんだ?」 「聞きたい事がある。お前と一緒に旅してるミーナちゃんの事でだ。お前、あの子の事どう思ってる?」 「どう思ってる?」 「お前が悪魔祓いになった経緯は聞いてその契約を破棄する事がミーナちゃんの目的だってのも聞いた。お前の心を取り戻す為に頑張ってるミーナちゃんを見てお前はどう思うんだ?」 カイルは前にいるグレンを真剣な眼差しで見つめた。 しかし、グレンは振り返る事なく軽く受け流すように答えた。 「別に、無駄な事する馬鹿な女としか思ってない。あんな脳みそお花畑な奴に俺の中にいる悪魔がどうにかなるわけない。それに…」 「じゃあ、なんでお前はミーナちゃんを助けるんだ?」 その質問にグレンは答えられず、カイルは続けて言った。 「お前は期待してるんじゃないのか?ミーナちゃんに自分の心を救ってくれる事に、期待してるんだろ?」 「下らねえ事言ってねえでさっさと歩け。もうすぐでシルフに着く。」 話を逸らすかのようにグレンは言い前を指差すと遠くから街の建物などが小さく見え始めてきた。 「なあ、お前確か空間魔法使えたよな?あそこまで空間魔法で移動出来ないのか?」 「ダメだ。シルフは四大国の中でも1番警備が頑丈な国。国の周りには結界が張られていて空間魔法といった移動する魔法は全て無効化される。お前、団長の癖にそんな事も知らないのか?」 「だ、黙れ!俺はシルフへは行った事無かったから仕方ないんだよ!」 冷めた目でそんな事も知らないのかと言いたそうな顔をするグレンにカイルは顔を真っ赤にして言い返す。 その時、2人が歩いてる地面に突然大きな穴が空いた。 2人は焦って地面を掴もうとするがその穴はまるでアリジゴクの巣の様に掴んだところが崩れてしまう。 「何だ!?急に地面が…」 「こいつは…ゲイルアリジゴクだ。この砂漠の主と言っても過言じゃない化け物だぞ。早く上がれ、食われるぞ!」 ゲイルアリジゴクの巣は普段は獲物に気づかれない様に巣を地盤で隠しているが獲物が足を踏み入れた瞬間、一気に地盤が崩れ直径50メートルぐらいの巨大なすり鉢状の穴に変わり獲物を捕らえる。 その巨大な穴はアリジゴクの巣と同じで砂を掻けば掻く程どんどん下に落ちていく為、空間魔法を使わない限り脱出不可能とされている。 当然、空間魔法を使えるグレンはとっくに脱出していたのだった。 「あっ!テメェ自分だけずりーぞ!俺も助けろよ!」 「そんな事知らねーよ。そんな事より早く上がれよ。アリジゴクもお前を食べたくてウズウズしてるみたいだぞ。」 下にはゲイルアリジゴクがお腹を空かせているのか中心部から顔を出して大きな二本のアゴを動かして待っていた。 カイルはそれを聞いて冷や汗を流し、思いっきり砂を掻いて上がろうとするが上がるどころかどんどん下に滑り落ちていく。 流石に危ないと思ったのかカイルは鞘から剣を抜いて自身の影を一定範囲広げた。 そして剣を振るとゲイルアリジゴクの二本のアゴが切れ落ち、何とか食われるのだけは回避したが剣を振った勢いで体制を崩して倒れてしまう。 砂が柔らかい為、倒れた直後に顔が砂に埋もれてしまい身動きできない状態になった。 「あのバカ…何してんだ。」 グレンは流石に焦ったのか空間魔法でカイルの所へ移動して埋もれた顔を引っ張り上げた。 「ぷはぁー!助かっ…うぁぁあああ!!!」 カイルが気付いた時には既にゲイルアリジゴクの目の前に滑り落ちていた。 ゲイルアリジゴクは落ちてくる2人をそのまま食べようと口を広げ待っていた。 「ヤバい…こうなったら一か八かだ!」 グレンは最後にそれだけ言うと2人はそのままゲイルアリジゴクの口の中に吸い込まれてしまった。 ……ここは? 意識が薄い中、目を開けるとどう言うわけか自分達を食べようとしたゲイルアリジゴクが今自分達の目の前に倒れていた。 地面もアリジゴクの巣でなく普通の地面に戻っていて一体何があったのかカイルは状況を全然把握できなかった。 「何で俺達を食べようとしてたこいつが倒れてる!…お前がやったのか?」 グレンに声をかけるが意外な事にグレンも分かっておらず無言で首を横に振った。 「俺もよく分からん。俺はこいつに食われる寸前に黒炎をぶっ放して自分だけ脱出しようとしたんだが気がついたらこんな所に立っていた。」 「つくづくお前はクズ野郎だな。そこまでして自分の命が大事か?」 「当たり前だ。」 「ハァー。全く意味が分からねえよ昨日から。もういいや、さっさとシルフへ…」 カイルが前を振り返ると2人は何故かシルフの目の前にいて既に到着した状態だった。 「俺も今混乱してる。空間魔法も使ってないのに何故だ?」 「こっちが聞きてーよ!!」 カイルは混乱しながらグレンに怒鳴っているとシルフの門から1人の女性が現れた。 2人は女性に全く気づいておらず言い合いを続けているが女性は門から出た途端一気に2人の背後に現れた。 「その事については私が説明しましょう。」 「!?」 「なっ!」 2人は背後を取られたのに全く気づかなかった為、慌ててその女性と距離を取った。 女性は髪が桃色の一つに纏めたポニーテールに顔は柔らかい表情だがどこか大人びた感じの清楚な女性。優しそうな人である。 「何だ、この女…」 「明らかに俺らの背後を気づかれずに…」 「びっくりさせてごめんなさい。それに私はー」 女性が優しい表情で2人に何かを言おうとした直後、先ほどまで倒れていたゲイルアリジゴクが目を覚まし女性に向かって襲ってきた。 「おい、危ないぞ!」 カイルが助けようとした直後、2人の体によく分からない不思議な感覚が体中を巡る。 まるで水中で体を動かしてるみたいに動きが遅く感じる。 その感覚が無くなり、気がつくと目の前のゲイルアリジゴクの腹が切り裂かれていて絶命していた。 今のでやっと確信した。俺達が何故シルフの目の前にいるのか…何でゲイルアリジゴクが俺達が気づかない間に殺されているのか…。 それに気づいてるのは俺だけではなく、グレンも気づいている筈だ。 気づいてる筈なんだがグレンは何故かその事について聞こうとしなかった。 「お前がやったのか?まあ助かった、ありがとう。」 グレンは相変わらず口が悪いが素直に礼だけ言った。 「お気になさらず。私はこう見えてもそこそこの魔導兵だから見ず知らずの人でも助けるのは当然です。」 女性はグレンの失礼な態度に怒る事なく、ニコッと笑顔を見せて受け答えした。 「おい、お前聞いただろ!この人はお前に失礼な態度を取られても怒るどころか優しく……いや~、こんな美人で優しい女の人が魔導兵なんて…魔導兵ってまさか…」 「気づくのが遅えよ。…魔導兵っていえばお前ら騎士団とは別の国王直属の警備隊だよな?なんでそんな奴がここにいるんだ?」 それに対して女性は暗い顔で俯いて。 「そうね、その話はまずこの国の騎士団の所でお話ししましょう。ここでは誰に聞かれているのか分からないですから。」 そう言って女性は門の方へ歩き、2人はその女性の後をついて行った。 この国は活気あるイフリークに比べとても静かでそして寂れている感じだった。 まだ昼の時間帯なのに自分達以外で街を歩いているのは他にいなかった。 シルフの騎士団の所へ着くと、グレンが女性に質問した。 「何で騎士団なんだ?お前、魔導兵なら国王のいる宮殿の方だろ普通。」 「説明は後です。では、中に入りましょう。」 そう言って女性は騎士団の門を開け、3人は中に入った。 入ると酒場の様なテーブル席があり、その奥の中央の席には温厚そうな円背姿勢の温厚そうなお爺さんが椅子に座っていた。 お爺さんはこちらに気がつくと女性に声をかけた。 「おぉ、フィナじゃないか。…と、その者達はもしかして…」 穏やかな声でフィナと呼ばれた女性に声をかけると、フィナもそのお爺さんに返答した。 「ええ、その通りよ。バグーラ団長。」 フィナの言葉にカイルは思わず声を出した。 「えー!!もしかして、あなたがシルフの騎士団団長…"鬼騎士"のバグーラ団長ですか!?」 バグーラと呼ばれたシルフの騎士団団長はグレンとカイルの存在に気づいたのか2人に声を掛ける。 「おぉ、そういう君はイフリークの騎士団団長のカイル君じゃないか。」 「俺の事知ってるんですか?」 「勿論。君は騎士団の中でも最年少で実績もあるからね。まあ立ち話もあれだ、ここへ座りなさい。」 バグーラ団長に言われ、2人は目の前の席に座った。 「そういえばこの赤い髪の男は?」 「あれ、あなたは…」 バグーラ団長は隣のフィナに聞くがフィナもグレンの事を知らないらしい。 「俺はグレン。悪魔祓い(デビルブレイカー)だ。」 自分の事を知らないと判断したグレンはあっさり自己紹介するが、悪魔祓いと言った瞬間辺りに居た騎士団の人達が慌てて席から立ちあがりグレンに注目した。 それを聞いたバグーラ団長とフィナもびっくりした表情でグレンを見た。 「あなたが、悪魔祓い?本物…なの?」 「何だ?悪魔祓いなのがそんなに怖いか?」 今までも悪魔祓いというだけで怖がる人や恨んでくる奴はいたがここまで恐怖に満ちた目で見られたのは初めてだ。 するとバグーラ団長が恐る恐る口を開き。 「す、すまない。一度シルフの国民達は君じゃないんだが悪魔祓いの1人に危害を加えられてね…初対面で失礼な態度は分かっているのだが見逃して欲しい。」 「そうなのか。いや、良いんだ。こういうのは慣れてるから。」 「本当にすまない…。」 申し訳なさそうにバグーラ団長は深々と頭を下げて謝った。 するとカイルはフィナの方を向いて口を開いた。 「フィナさん、ですね?先程は助けて頂いてありがとうございました。さっきの事で気になった事があるんですけど。」 「はい、何ですか?」 「さっき俺達はゲイルアリジゴクに食べられそうだったのに気がついたら俺達は助かってて倒れていたのはゲイルアリジゴクでした。それに、さっきもフィナさんに襲いかかった瞬間、俺たちが気がつかない速さでゲイルアリジゴクの腹を切り裂いてました。これは周囲の時間を遅らせていたからですね?」 「つまり、フィナさんは時間を操る魔法を使うんですね?」 カイルが自分の考察を言い終わるとグレンはため息を吐いた。 「ハァー、長々と誰でも分かるような事を…この女は陰陽魔術の1つ、"陽"の使い手だ。時間だけじゃねーよ。」 「私のこの力をご存知なのですか?」 「あぁ、陰陽魔術。この世には森羅万象、全ての万物には互いに相対する存在があり、それは"陰"と"陽"の2つに分けられる。万物の生成消滅、時間と空間、人間の性別などはそれらお互いに違うが片方が無くなれば世界は成り立たず、互いにあるからこそ世界の調和が成り立つ。この思想を元に作られたのが古代の魔法、陰陽魔術だ。」 「素晴らしいわ…初対面でここまで陰陽魔術について語ってくれたのは君が初めてだわ。」 フィナは驚きの表情を隠せなかったがそれ以上に自分の魔法を知っていた事に嬉しさも感じていた。 「そうね、あなたの言った通り私は陰陽魔術の1つの"陽"の力を先程は使いました。時間といった点はカイルさんも正しいですが、"陽"の力はそれ以外ではありません。これを見て下さい。」 フィナは自分の剣が収められた鞘に注目するように指差した。 すると、鞘に収められた剣が一瞬で消えると剣はいつの間にかフィナの目の前に抜かれた状態で宙に浮いていた。 「この様に私が剣を持たずに鞘から抜かれた状態で剣が浮いているのは、剣と鞘を分離させたからよ。あなた達もゲイルアリジゴクに食べられそうになったじゃない?その時も私、この"分離"の力を使ったのよ。」 この分離する力は、合成した物質を分解し元の状態に戻す、または物と物を引き離すといった力でゲイルアリジゴクに食べられなかったのもこの分離の力によって2人とゲイルアリジゴクは引き離されていたので助かったのだ。 「あー、ゲイルアリジゴクに食べられる寸前で俺たちはフィナさんの力によって分離されたのか。」 「そういう事よ。この分離の力は剣を抜くといった動作をしなくても剣が手元に現れるからとても便利なの。」 フィナは宙に浮いている剣を掴み、再び鞘に剣を収めた。 「そろそろ私の魔法については良いかな?」 「陰陽魔術…奥が深いですねぇ~。」 納得しきれていない腑抜けた顔のカイル。 確かに、普通の人じゃまず陰陽自体を理解する事が難しい上に陰陽魔術は学校の授業でも数回しか名前が出てこない為、一般ではあまり知られていないのだ。 「無知に何言っても同じ事だ。とっとと要件を言ってくれ。」 「むっ…ち!…(コノヤロー!!)」 無知と言われたのがショック過ぎたのか妄想でグレンを殴りまくるカイル。 「分かりました。先程にも言った通り、私はこの国の魔導兵の1人なのですがこの国に来てから、何か思うことなどはありますか?」 この国を見て思ったこと。それは、シルフに来てから2人がずっと思っていた事。 「人が出歩いていない。いや、まず人の気配がないし魔力もここ以外感じない。」 「あなた、複数の人の魔力を同時に感知できるの?」 「まあな。」 フィナに褒められても素っ気ない返答をしたため、次の話に移った。 「そう、この国には人と呼べる人は殆どいないの。8年前から、ある魔道士によって…」 「ある魔道士?」 「…12年前、私がまだ見習いの魔道兵だった時に1人の魔道士が国王の宰相になったの。名前はハイド・スペクター。その男の経歴はおろか、どんな魔法を使うのかも不明な謎の男。」 「ハイド・スペクター…聞いた事もないな。」 「噂では人の思考を操る魔法みたいに言われててハイドに関わった人はどういう訳かその人の言いなりの様になってしまうの。」 「思考を操る魔法?そんなの存在しないでしょ。学校でも習った事ないし。」 「確かにカイルさんの言った様に、思考を操る魔法は存在しないし、存在してたら社会的に悪用されるレベルじゃ済まないし。だからこの仮説は多分間違ってるわ。けど、国王の様子が可笑しくなったのはハイドが宰相になってからなの。何故なら…」 「ちょっ、ちょっと待ってください!国王が可笑しくなった?ちょっと話に付いて行けないですよ!」 カイルが会話に割り込み、フィナは話すのを止めると今度は今まで黙っていたバグーラが話に入って来た。 「フィナ様。気持ちは分かるが今はそんな事を伝えるよりもあの事を伝えねば。」 「…そうね、今は国王よりもあの事ですね。」 「あの事ってなんだ?」 「あなた達は月の民の戦争…いえ、あれは殲滅ですね。その事をご存知ですか?」 グレンは知らないがカイルはその頃まだ騎士団に所属していなかったがライクとニケルから聞いていたので話自体は知っていた。 「はい、話だけは聞きました。」 「そう、それなら話が早いですね。ここからはその真実だけをお話ししていくつもりです。」一方、魔導戦艦を撃破した東の大国側は更なる北の大国の攻撃に備えて避難誘導が行われていた。次も都市部を襲撃してくるであろう北の大国の動向を予想し、国民達は総面積20㎢あるノーム王の城の城壁内へと誘導される。勿論全員を城壁内に誘導は出来ない。そこでグロードやネルが持つ空間移動の力で、子供を優先して他国へ転移させる事にした。行き先は西の大国イフリークと南の大国シルフ。両国は復興作業が順調に進んでおり、既に避難の受け入れが整っている状態であった。カイルはイフリークの騎士団に。そしてシルフの王の証を継承したフィナは大国に連絡した事によりスムーズに避難誘導が行えている。そしてカイルの両親と妹のレイアはグロードに空間転移でイフリークに転移させられる予定であった。「父上、母上。レイア。戦争が終わったら必ず迎えに行くから。」「うむ。カイル、無事を祈る…。」「カイル…絶対に生きて帰って来てね。」小さく返事するカイルの父親であるが、やはり心配なのか表情は暗かった。母親のカルラはやはり心配であり、涙を流しながら言った。そしてレイアはカイルに抱きついた。「…お兄ちゃん」強く抱きしめるレイアはカイルの胸に顔を埋める。「…大丈夫。大丈夫だから。」そんなレイアに優しく頭を撫でながらそう言うと、レイアはゆっくりとカイルから離れた。そして視線を後ろに居るミーナ、エミル、ライク、ニケルに向ける。「ミーナちゃん。エミルお姉ちゃん。」まずはミーナとエミルに向かって言う。「レイアちゃん。…また戻ったら一緒にお話ししよ!」両手を膝に付き、少ししゃがんだ姿勢のまま笑顔で言うミーナ。「そうね。レイアちゃんも、気をつけるのよ。」レイアの頭をポンポンと撫でてあげるエミル。「うん!またいっぱいお話ししよ!」そして今度はライクに向けて言った。「ライクお兄ちゃん!無茶な事は絶対にしないでね!」「…無茶な事しねーと勝てねえんだよ。」相変わらず、レイアに対してもぶっきらぼうに返事するライクであるがその返事に泣きそうになりながら。「だって、ライクお兄ちゃん1人で突撃して行きそうで怖いんだもん!」「わ、悪かった!ちゃんと気を付けるって!」泣きそうになるレイアを慌てて宥めるライク。そして最後にニケルに向いた。「ニケル様…。」「レイアちゃん…。」レイアとニケルはし
他国への軍事侵攻と併合を繰り返すことで領土を拡大している巨大な大国。ここは北の大国ウンディーネ。魔力資源と軍事拡張を国家存続の核とする極端な軍事国家であり、その統治思想は「戦果こそが存在価値」という歪んだ成果主義で統一されている。戦争で功績を挙げた者は地位・富・名誉を得る権利が与えられ、失敗者や非戦闘員には価値がほぼ与えられない。戦争で功績を挙げられなくとも、国家の軍事力拡大に繋がる軍資金を納めれば国から認められる。この仕組みを国民達に徹底させる為、この国では目に見える形で国民を上級、中級、下級という風に位置付け差別化した。どういう事か?その位置付けは国民の居住地域で分けられた。上級は名前の通り、貴族や戦争功労者など富裕層を指す。中級の国民は主に庶民の人達であるが、この者達は努力次第では軍に入隊し功績を上げる事で上級へと位を上げる事が出来る。そして下級は名前の通り、国の中でも最下層の人間の事を指す。大抵の下級国民が暮らす場所は政府の目に届かない場所に位置している為、治安が悪く劣悪な環境。ここには国に対する反逆行為を行った者、犯罪を行った者、北の大国の軍事侵攻により領土を奪われたその土地の人達が住んでいた。以前ライクとニケル、グロードが北の大国に訪れた際に出会った孤児の兄弟も下級国民であった。(第24話参照)下級国民は全てにおいて最底辺であり、人権というものは殆ど存在しない。これは領土を奪った他国の人間が自国に対して反撃しない為の抑止力にもなるが、それだけでは無い。先程説明した様に中級国民も犯罪や反逆行為を行う事で下級国民に成り下がる可能性があり、国民はそれを恐れていた。ーーこんな底辺の人間にはなりたく無い。こうして劣悪な環境の中で過ごす最底辺に自分もなる可能性がある事を知らしめる。それにより、国民全員に危機感を持たせながら国の為に必死で働かせられるのだ。また、人間とは自分より下を見て優越感に浸る生き物。自分達よりも底辺の人間が居る事により優越感に浸らせれば、国民のストレスの捌け口は自然と下級国民へと移る。この「働き蟻の法則」にも似た様な差別化の仕組みが、北の大国という巨大な軍事国家を成り立たせていた。「軍事の為に働かざる者、人としての権利を得るべからず。」北の大国にはその様な言葉が昔からあった。この国民の差別化。一見
魔導戦艦。それは北の大国が保有する、空中を駆ける全長200m、全幅80m、全高75mを誇る巨大飛行戦艦である。戦艦の全方位には大量の巨大な大砲が敷き詰められてある。それら全て、[魔導砲・アステリア]と呼ばれる以前グレンが魔導兵器であるレイクと戦った時に使用されていた大砲が搭載されている。(第36話参照)軍事大国である北の大国ウンディーネ軍の技術開発局が開発したこの戦艦。実は東の大国ノームにとって因縁のある存在であった。「魔導戦艦。我ら東の大国の技術を盗んでそれを軍事転用した巨大飛行戦艦か。」バンジョウの言う通り、この魔導戦艦は約100年前に東の大国が開発した魔力式四輪駆動車の技術を改良されて作られた。100年前、東の大国ノームにやってきた北の大国ウンディーネ出身の亡命者が居た。ウンディーネは諸国周辺の国に戦争を仕掛けては勝利して自国の領土を拡大していく軍事国家であり、戦争は絶対正義であるかの様に指導される。戦争、又は軍事に反対的な意見を持つ人間は処罰の対象となる為、それが嫌で亡命する北の大国の人間は当時珍しく無かった。ノームはそのウンディーネからやってきた亡命者に仕事を与え、彼は元々軍の整備士の仕事をしていた為、機械的な物を作る仕事を与えた。しかし、これは大きな間違いに繋がるのであった。数年後、その亡命者は突如ノームから居なくなり、その数年後にウンディーネ軍がノームに対して戦争を仕掛けてきた。当時ウンディーネの魔導戦艦が、ノームで作られていた魔力式四輪駆動車と全く同じ技術を使用して作られていた為、それに気付いたノームの国民は怒った。ーー亡命してきたあの男は、我々の技術を盗む為のウンディーネ軍が遣わせたスパイだったのだと。そして100年前、この事がきっかけで北と東の大国は規模は小さいが戦争に発展しており、戦争が終結してからその後4大国間同士で不可侵条約は結ばれているが未だ北と東の関係性は悪いままである。(第16話参照)今までは嫌がらせの様な北の大国のミサイルを東の大国近辺に放っていたが、今回の様な魔導戦艦で領空に入ってきた事は一度も無かった。明らかな領空侵犯(りょうくうしんぱん)であり、東の大国ノームに対する威圧行為だ。到底許される事では無い。「このままでは国民が危険だ!一刻も早く迎え撃つ準備を!」ギンジは八握剣(やつかのつるぎ)
カイルの影の斬撃によって舞い上がった黒い魔力が引いていく。「…ミーナちゃん!大丈夫か?」幾ら本気の勝負だとしても、あれだけの攻撃をまともに喰らえばただでは済まない。心配になったカイルはすぐに影の円展開を解除し、ミーナの方に駆け付けた。しかし、ミーナは何事も無く立っていた。「…あれ?私、確かにカイル君の攻撃を喰らった筈だけど?」傷一つ付いていないミーナは自分自身でも何が起きたのか分かっていない表情をしていた。するとバンジョウが終了の合図と一緒にその理由を説明した。「勝負あり!カイル殿の勝ち!…2人とも、中々凄い戦いだった。」「この道場は今日だけ特別な"結界"を張ってるんだ。安全にテストが出来るように、[この中では如何なる理由があっても他者を殺す事が出来ない]という条件を付け加えて。」「結界?」初めて聞く用語に首を傾げるミーナ。するとグロードがバンジョウに聞いた。「結界術を扱えるのですか?」結界術。それは魔法とは違い、魔力では無く条件を成立させる事により一定範囲の空間に結界を張る術である。「ええ。まあ我は簡単な結界術しか扱えないですけど。条件が厳しくなるとそれだけ術者に掛かるリスクも高くなるから。」リスク。それを聞いてグロードは少し疑問に思った。もしかすると、ベリエルが使った呪いというのはこの結界術がベースなのかと。しかし確証がない為、思っていても皆んなには言わなかった。「では、気を取り直して。今度は…」バンジョウは他の人のテストを行う為に仕切り直そうとするが、その時であった。バンジョウの腕に付けていた腕時計から大きな音が鳴り始める。ピリリリリリリリ!!!あまりにもうるさい音にびっくりするカイル達であるが、八握剣(やつかのつるぎ)のメンバーだけは全員緊張感のある顔になっていた。何故ならこの音は彼らにとっての緊急事態を意味するからだ。バンジョウは腕時計に付いてるボタンを押してその音を止めると、腕時計のレンズから人の姿が現れる。「こちらスイゲツ!た、大変です!バンジョウさん!」ホログラムで映し出された人物は今日はこの場に来ていなかったスイゲツであった。声の感じからして物凄く慌てているのが分かる。「どうしたんだ、スイゲツ?何故緊急連絡用の通信に繋いだ?」バンジョウとその他の八握剣(やつかのつるぎ)のメンバーは、慌て
エミルとフィナが道場に到着した午前8時頃。実はグロードも既に道場に到着していたのだ。それは丁度ネルが作った修行空間からカイル達が戻ってきた後、ボロボロの姿になったカイルを見てエミルがネルにキレていた時だった。「お前ぇ!!…カイルに、何をした!!」怒鳴り声は外までよく聞こえてきた為、到着したグロードは止めようと思ったのだが、カイルがエミルを制止した。カイルは事の顛末を後から来たエミルとフィナに説明した。「(成程。ネルはカイル君達に修行を付けてただけなのか。)」外で聞いていたグロードはカイルの説明を聞いて状況を理解した。「(……さて。どのタイミングで入ろうか。)」カイルの説明を聞いていたせいで、道場に入るタイミングを完全に逃してしまう。グロードは取り敢えず気にせずに入ろうと思ったのだが。「何であいつの事そんな簡単に信用するの!?あいつがフィナさんの国でどんな事したのか、カイルは知ってるんでしょ?」再びエミルの声が聞こえてきた為、またまたタイミングを逃してしまう。カイルとエミルはしょっちゅう喧嘩はしてるものの、それは痴話喧嘩に近い感じだ。しかし、今回は違う。エミルは泣きながらカイルに訴えかけていた。そして口論はヒートアップし、捲し立てるエミルに対してカイルが言った。「エミルだってネルの事何も知らないだろ!!」カイルの声にエミルは喋るのをピタリと止めた。そしてカイルは続けて言った。「確かにネルはシルフを壊滅寸前まで追い込んだ。殺した人も星の数だろう。到底世間にも、フィナさんやライクとニケルにも許されないと思う。」「でも、それはエミルも一緒だっただろ?現に元盗賊だったせいでイフリークの騎士団には最初認めてもらえなかった。盗賊なんて、世間から見れば悪人なんだからな。」「な!…違う!私は…」カイルの発言に動揺するエミルだが、ヒートアップしたカイルは喋るのを止めない。「違わない!エミルは自分がされた事と同じ事をネルに言ってるんだ!エミルだけじゃ無い!この場に居る全員、立場が変われば被害者と加害者なんだよ!」「だから皆んな。どっちかがずっと被害者面ばかりするなよ。俺達が偉そうにネルだけを非難する資格なんて、無いんだよ。」カイルの言葉によって道場の中の空気が一気に変わったのがグロードにも分かった。「(カイル君…それは正しい事だが、今
「……だから、俺が強くなる為にネルは修行を手伝ってくれただけなんだ。今回、あいつは何も悪く無い。寧ろ感謝してるくらいなんだ。」カイルはネルの事を誤解しているエミルに今までの経緯を話した。ーーだからこんなにもボロボロだったのか。信用していない相手が自分の好きな人をこんなボロボロの状態にされてエミルが黙ってる筈が無い。けれど、今理由を知った事で誤解が解かれたエミルは落ち着きを取り戻……。してはいなかった。それを聞いたエミルは仰向けで倒れているカイルの方を見ながらボロボロと涙がカイルの顔に滴っていた。そして。「何であいつの事そんな簡単に信用するの!?あいつがフィナさんの国でどんな事したのか、カイルは知ってるんでしょ?」エミルは怒りながらカイルに言うも、その言葉にはどこか心配も含まれている様に感じられる。「ああ。勿論知ってる。けど、昨日ミーナちゃんも言ってた様にあいつにはもう悪意が無い。修行も純粋に俺達を強くする為に手伝ってくれてた。」「そのお陰で俺は昨日よりも確実に強くなれた。」カイルの返答に対し、エミルは負けずに大きな声で捲し立てた。「昨日たった1日しかあいつの事見てないんでしょ!?きっと今はこうやって良いところだけを見せてるだけ!その後から裏切る事だってある筈よ!」「人はそう簡単に変わらない!変われないのよ、悪人は特にね!そんな奴がちょっと良い事しただけなのに、皆んな簡単に騙され過ぎなのよ!」「エミルだってネルの事何も知らないだろ!!」カイルは捲し立てるエミルに負けないくらいの大声で一喝するとエミルは喋るのをピタリと止めた。そしてカイルは続けて言った。「確かにネルはシルフを壊滅寸前まで追い込んだ。殺した人も星の数だろう。到底世間にも、フィナさんやライクとニケルにも許されないと思う。」「でも、それはエミルも一緒だっただろ?現に元盗賊だったせいでイフリークの騎士団には最初認めてもらえなかった。盗賊なんて、世間から見れば悪人なんだからな。」「な!…違う!私は…」カイルの発言に動揺するエミルだが、ヒートアップしたカイルは喋るのを止めない。「違わない!エミルは自分がされた事と同じ事をネルに言ってるんだ!エミルだけじゃ無い!この場に居る全員、立場が変われば被害者と加害者なんだよ!」「だから皆んな。どっちかがずっと被害者面ばかりするな
これは愛を知らずに育ってきた男の話。彼はこれまでの人生の中で物心ついた頃から愛という物に触れる事なく生きてきた。ネル・ナイトフォース。彼は5歳まで北の大国の中心都市部にある貴族の家で奴隷として過ごしてきた。物心付く前から奴隷として仕えていたが、そこでは人権というものが存在しなかった。「おい、ゴミ!さっさとこの食器片付けろよ!」その屋敷の主である中年男は仕える奴隷に向けて済んだ食器を片付ける様に命令した。「…はい。」命令を受けて出てきたのは当時4歳のネル・ナイトフォースだった。彼は肌着同然の薄い半袖の服にヨレヨレのズボンを履いていた見窄(みすぼ)らしい少年だった。身体を洗わせ
時は少し遡り、場面はミーナとイフリークの国民達に変わる。現在、彼女らはティラーデザートとは別の場所で窮地に立たされていた。大量の悪魔達が周囲を取り囲み、エミルと騎士団の人達が応戦している。それを何もできないまま只々見ているだけのミーナとイフリークの国民達。国民の中には、騎士達が守らず心臓を取られてしまう者もいた。何故、この様な事になったのか。どうしてティラーデザートから離れた場所にいるのか。現在に至るまで更に30分程、時間を遡る。シルフを目指し、猛暑の中を歩き続けるイフリークの国民達は途中で大きなクレーターを発見した。「何だ、この大きなクレーターは。隕石でも落ちたのか?」「
この時の俺はどんな人だったのか、今でも鮮明に覚えている。しかし、どうしても思い出せない事が1つある。自分の本当の名前だ。名前は悪魔祓いになったと同時に捨てたからだ。今も過去の記憶は覚えてても、自分の名前に関する記憶だけはどうしても思い出せない。覚えているのは、楽しかった日常が一夜にして地獄に変わってしまった事。そして…あの時俺を逃してくれた俺の兄の最後を、俺は今でも覚えている。11年前ーキュアリーハート。それは(癒しの心)という意味を込められた平和の国。この国は東西南北にある四大国の中心に位置している。四大国に比べて経済力があるとか、規模が特別大きいなどそういった事はなく
「月の民殲滅は確かにシルフの国王が提案し、様々な国の魔道士達を招集させて殲滅していく、というのが一般的に知られている事です。」 「はい、俺もそういう風に聞きました。」 「でも本当は違うの。シルフの国王は元々平和主義を心掛けていた心の優しい人で当時も月の民殲滅には反対していたのです。けど、あの男が来てからシルフの国王は変わりました。」 「それは、さっき言っていた思考を操る魔法か?」 フィナの口ぶりで何を言いたいのか察したグレンが口を挟んだ。 「はい。12年前に突然やって来たハイド・スペクターが原因だと思います。彼は何故なのか分かりませんが会った当初から国王に気に入られ、その日







